晩秋

人間の証明

雰囲気のいい爺さん

昼過ぎから友人と駅前で待ち合わせ。

今日も空は曇天模様で雨がしとしと降っていた。

駅前近くと太鼓の音がして人通りが多い。

どうやら今日はお祭りがあるらしい。

そういえば祝日で海の日だった。

駅前には小さな露天が並び浴衣を着た幼い少女が走り回っている。

 

多くの人で賑わっている中に友人の姿を見つける。

今日はカメラマンをしている友人にある頼みごとをされた。

その頼みごととは

「街中を散策しながら雰囲気のいい爺さんの写真を撮りたいので付き合ってほしい」

というものである。

雰囲気のいい爺さんとは具体的になんなのかはわからないが雰囲気のいい爺さんを探すため友人とあてもなく散策することとなった。

 

雰囲気のいい爺さんとやらをどこで探すのか

友人に訪ねたがまったくのノープランであったらしく

とりあえず喫茶店に行きそこで作戦会議をすることにした。

たまたま私が行きたい喫茶店があったので新宿へ移動。

新宿で改札を出ると選挙運動の人々で騒がしい。

騒がしい人々の中で路上に座り込む老人が目につく。

ホームレスらしき老人が自分の足元にダンボールの切れ端を置いてその上に数枚の小銭も乗っている。

どうやら乞食をやっているようだ。

 

友人は試しにその老人に写真を撮らせてもらえるように声をかけてみることにした。

少し離れたところから二人の様子を伺う私。

友人は老人のもとへ近づいていき財布から小銭を取り出すとダンボールの切れ端の上に置く。

老人が笑って手をあげお礼のような仕草をした。

友人は写真を撮らせてくれるようお願いをする。

すると老人が指を一本立て言った。

「しぇんえん」

どうやら写真を撮りたいなら千円よこせと言っているらしい。

滑舌が悪く言葉は聞き取りづらいが何を言いたいか友人も理解したようだ。

友人は困った顔をしながらそれでも頼んでみる。

今度は老人の手がパーの形に開き

「ごしゃくえん」

と聞こえた。

千円がだめなら五百円と言いたいようだ。

さすがに路上生活をしているだけあってなかなか手強い。

友人はそこで諦めて私のもとへ戻ってきた。

「あれはきびしいね」

「まあそんなもんだろ。いい人は他にいるでしょ」

けっきょく老人に小銭を恵んだだけで目的の喫茶店へ向かうことになった。

 

新宿駅を出て徒歩10分ほどの場所に「らんぶる」という老舗の喫茶店がある。

以前からネットで見て行きたかった店だった。

創業は1950年であるらしく

店内に入ると一階は10席ほどの喫煙席だが禁煙の地下にはなんと200席もある。

それだけの席数がありながら私たちが行った時は満席で数組が並んでいた。

蝶ネクタイに白シャツできめたスタッフの言うところではあまり待たないということだったので列に並んで待つことに。

 

10分ほどして地下の席に通された。

まるで昭和の世界にタイムスリップしたような景色だった。

紅色の絨毯に紅色のソファ

天井からはシャンデリア

シルバートレイを持ったホールスタッフが忙しなく動き回っている。

地下とは思えないほど広い空間でとても気分がいい。

注文したのはブレンドコーヒー(700円)

爽やかでフルーティな味である。

半分ほど飲んだところでミルクを入れて飲んでみたが驚いた。

ミルクが美味しいのだ。

普段行くような安いチェーン店のミルクとはまったく違う。

優しい甘みがあってとても美味しい珈琲になった。

素敵な空間に美味しい珈琲。

これ以上ない贅沢な時間だ。

 

ミルクの美味しさに驚きながら友人とこの後の相談をする。

雰囲気のいい老人がいそうな場所

老人といったら公園だろうということで

歩いていける距離の代々木公園に行くことにした。

美味しい珈琲とミルクに満足して店を出ると二人でまた歩き出した。

 

30分ほど大きな通りを歩いて代々木公園についた。

いつもの休日ならたくさんの人で賑わっているのだろうが

雨が降ったこともあってか人はまばらだった。

 

公園を散策する。

犬の散歩をする人

キャッチボールやフリスビーをして遊ぶ人

ベンチでくつろぐカップ

楽器を鳴らしてパフォーマンスをする人

人目もはばからず濃厚なキスをする中年カップ

人が近づいても逃げないカラス

 

人気のない林の中で椅子に座りひとりギターを鳴らして

おそらく自作の歌っている中年の男性がいる。

友人はその男性が気になったらしい。

男性に声をかける友人。

どうやらいい人そうである。

交渉はうまくいき写真を撮らせてもらえるようだ。

 

しばらくして友人が写真を撮り終えて私のもとへ。

それなりにいい写真が撮れたようで友人は満足していた。

その後も代々木公園から原宿、そして渋谷へと歩いたが雰囲気のいい爺さんは見つからなかった。

しかし少しでも収穫があったのは確かであり

友人とはまた散策に出る約束をして解散となった。

 

帰宅するとどっと疲れを感じた。

スマホの万歩計を見ると半日で約10キロ歩いていた。

それも休日の人混みの中を歩き回ったので余計に疲れたように感じる。

今日はぐっすり眠れそうだ。