晩秋

人間の証明

喫茶店

今日も昼頃に起床。

重い身体を無理やり起こして用を足す。

顔を洗い髭を剃る。

鏡に向かって睨みつけたりいびつな笑顔を作ってみたりする。

鏡に映るのはあまりに覇気の無い男だ。

 

冷蔵庫にあるものを適当に胃袋に放り込んで外出するために着替える。

外に出ると小雨が降っていた。

最近涼しい日が続いていたが今日は蒸し暑い。

電車に乗って下北沢へ。

 

行きつけの喫茶店へ行く予定だった。

そこは40年近く続く老舗であまり広くはない店内ではあるが

いつも店主の趣味であろうジャズが流れていて雰囲気がよく何より煙草が吸える。

もちろん珈琲も美味しくその質と立地の割には価格も安い。

下北沢駅を降りて真っ直ぐその店に向かい入り口のドアを開けると目の前に店主がいた。

「ごめんなさい。満席なんですよ」

店内は老若男女で賑わっていた。

「そうですか」

中に入ろうとして握っていたドアノブをそのまま引いてドアを閉めた。

思えば今日は土曜日だ。

人気店でもあるし満席は仕方がないが残念無念で来た道を戻る。

また駅前に戻ってはてとしばらく立ちつくす。

 

ネットで近くの喫茶店を調べるといくつも検索がヒットした。

すぐ近くに何やら良さげな喫茶店がある。

煙草も吸えるらしいのでそこに行くことにした。

 

ヴォルール・ドゥ・フルール(花泥棒は珈琲屋です)

 

以前にどこかで聞いたことがあるような気がしたが記憶が定かではない。

古着屋が並ぶ路地の一角にその店はあった。

ビルの二階が店舗になっていたので階段を上がってドアを開ける。

凛とした佇まいのマダムが迎え入れてくれ

入ってすぐのカウンター席に通される。

 

店内を見渡すと白を基調とした漆喰の壁にガラス窓が大きく開放感があって素敵な内装である。

カウンターも年季の入った厚い一枚板でいかにも良い喫茶店の味が出ている。

カウンターの向かいではマスターらしき黒縁丸メガネの男性が忙しそうに右から左と動いていた。

マスターの後ろの棚には色とりどりのコヒーカップティーカップが並んでいて眺めもいい。

 

メニューを受け取って驚いた。

珈琲一杯850円

その他のドリンクも一杯千円するものばかりだ。

事前によく調べていなかったとはいえ

こちらの喫茶店の常識の範囲を軽く超えるメニュー表であった。

一通り目を通した後

この店のオリジナルブレンド850円を注文した。

 

席の隣では私よりはるかに若いカップルが楽しそうに談笑している。

その若さでこれだけの値段のする喫茶店

さも当たり前のように振る舞うカップルは普段から余裕のある生活をしているのか。

デートだからとちょっと頑張ってそこに座っているのか。

注文した珈琲が出てくるまでそのことが気になって仕方がなかった。

 

マスターによって煎れられた珈琲が真っ赤なコーヒーカップとソーサーに移され目の前に出された。

金色に縁取りがされた真っ赤で小ぶりなカップはとても美しかった。

珈琲の香りがとても良い。

一口飲む。

しっかりした苦味と鼻に抜ける香りが豊かで美味しい。

値段がするだけのことはある美味しい珈琲だ。

バッグから本と煙草を取り出す。

坂口安吾全集の文庫とアークロイヤル

坂口安吾の文章はリズミカルでユーモアがあって

珈琲と煙草との相性とすればこれ以上の読み物はないと思う。

それから約一時間ほど本を読み煙草を燻らせ贅沢なひと時を満喫したのだった。

 

今日もただ珈琲を飲み煙草を吸い本を読んだだけの1日。